趣味・嗜好のお話





プロフィールなど何の役にも立たないし、ど~でもヨイのですが、
まぁ自分のHPだし、好き勝手な頁があってもいいかな~
と思い、作ることにしました。





鉄チャンは趣味のひとつですが、
その他にも色々と興味のあること、好きなことなどが多いので。

あと、お酒の好みや食べ物のことなども含めてご紹介します。








【趣味】


カミさんに
『あなたは趣味が多くていいわね~』
と、よく言われます。
自分では多趣味だとは思っていないんですけれどねぇ…


自覚のある趣味としては、大別すると


①鉄道
②クルマ
③音楽
④その他



といったところでしょうか。


その中でも、やはり鉄道がダントツかな?
鉄チャン歴は45年以上ですからね(笑)





鉄道


小学校時代の吹田で見たD51がボクの運命を変えました。
もともと東京出身のボクが、小学二年の途中から大阪っ子に。
小三からは国鉄や阪急に乗り、梅田あたりまで遊びに出ていました。
小さいくせに行動力ありましたなぁ…
で、国鉄に乗っている時に蒸気機関車を見かけて…
小学六年からは親父にカメラ借りて、写真を撮るようになりました。
以来、汽車を求めて幾日も旅を続けましたねぇ。
中学からはまた東京に戻り、新聞配達して旅資金稼ぎました。
苦労して撮影旅に出ている割に、マトモな写真が残っていなところが何とも…(-_-;)
もともとは蒸気機関車から始まった鉄チャン人生ですが、
ボクが高一の時、国鉄から蒸機が引退。
一時は路頭に迷いましたがな…

昭和50年、キャンディーズにハマりって追っかけをやっていたこともあり、
鉄チャン界とは疎遠になりかけていました。
鉄仲間は夏休みに北海道へ行っているのに、
ボクはアイドル三昧の日々を過ごしており…(*_*)
でも、鉄チャン活動したい!という欲求はあったようです。
昭和52年頃から再び活動開始。
しかし、路面電車や地方私鉄あたりに活路を見出そうと行動するも、
な~んだか気分がノらずに不完全燃焼でした。

そんな頃に出会ったのが尾小屋鉄道。
それをキッカケに、一気にナロー志向が強まってきたのです。
全国のトロッコを探索しましたなぁ…
自分の鉄チャン史上、この時代が最も楽しかったようにも思えます。
記事の連載をしたり、著書も出したし(*^^)v
が、昭和60年秋の立山砂防を最後に、事実上引退。

それからの数年間、たま~に何か撮るくらい?
ホント、鉄道とは離れてしまった時代でした。
PRINCESS PRINCESSにハマり、ライヴによく行ったっけ。
あとは…なんだかよく判らない生活?だったかなぁ~(笑)
それでも平成2年、人並みに結婚。

翌年、新婚旅行で訪れたヨーロッパで再び鉄チャンとして開眼します。
とにかく鉄道が生き生きとしていて魅力的でした。
何も知らずに行ったため、発見の連続で楽しかったです。
特に旧東ドイツの狭軌鉄道は素晴らしく、
すっかり魅了されたボクは、その後更に三度渡欧したのでした。
2001年に集大成である拙著を上梓。
それで満足した訳ではないのですが、それ以降は活動がフェードアウトしました。

2002年、第一子が誕生しました。
2003年に自宅を新築し、屋根裏部屋にNゲージレイアウトを製作開始。
なかなか進みませんが、ドイツの景色を再現しようと造っています。
昨年、HOナローのミニレイアウトも始めてしまいました。
模型についてはこちらで。

現在では鉄道趣味の半分以上が模型かな?
後、昔の写真をスキャンするのにも夢中になっています。
撮影は、年に何度も行きません。
そそられる撮影対象、残念ながら国内には殆ど無いので…(・_・;)


平成22年/模型部屋





平成27年春、一大決心をして造ってきたレイアウトを解体。
色々と訳あって、ゼロから造りなおすことにしました。
さぁ~ 何年かかるかな~?







クルマ

クルマ趣味は旧型車中心です。
ボクは鉄チャン化する前はクルマ好きな子供でした。
幼少時代、町を走るクルマの車種を全て言えるという特技?がありましたから。
まあ、昔はクルマの種類が少なかったですから、簡単だったのかも知れませんが…(・・?
クルマ趣味は完全に親父からの影響です。

ボクが物心がついた頃、我が家初の自家用車がやって来ました。
そのクルマはトヨペット・コロナRT20。
中古で35万円したと聞いた記憶があります。
多分ボクは3~4歳でしたから、昭和37~38年頃でしょうね。
当時の大卒初任給は2万円くらいだったとか。
いくら中古車とは言え、かなり大きな買い物だったはずです。

あと、親父は自動車保険の仕事をしていたので、
自動車メーカーからのノベルティなどをたくさん持ち帰って来ました。
それらを見て、遊んでボクは育ちました。
今では高額で取引されているクルマの煙草入れなど、
恐らく延べで5~60台はあったんじゃないかな~?
ボクはそれをミニカー代わりに激突させて遊んでボロボロに…(*_*)
全て箱入り新品で残っていたら財産になりますね(笑)
ミニカーに至っては100台以上あったと思います。

そんなこともあるのか、30年くらい前に或る決心をしました。
『子供の頃に見ていたクルマを買って、一生乗り続けよう!』
と。

免許を取ったのは20歳。
最初に乗ったのが親父のルーチェだったせいか、ロータリーエンジンにハマり、
自分で初めて買ったのも12Aが搭載されたサバンナRX3でした。
このRX3はライトチューンし、結構元気に走っていたっけ…
筑波サーキットでスポーツ走行を楽しんだりね~
あの頃の筑波は空いていて、当日朝にいきなり行っても走行券が買えました。
いい時代でしたね。


サバンナRX3 筑波サーキットにて



その後はコスモ・ロータリーターボと乗り継ぎました。
ちょうどその頃、前述の決心をしたのです。


昭和60年、パブリカコンバーチブルUP20Sを購入。
このクルマは茨城県水海道市にあった旧車専門店にありました。
仕事でこの店の前を通ることが幾度もあり、
或る時から意識して見るようになっていたのですが、
なかなか購入する決心はつかずにいました。

そんな頃、全く違う場所でソックリなUP20Sを出くわしました。
てっきり
『あれが売れちゃったんだ…』
と思い込んでいたのですが、次にお店の前を通った時、
未だショールームに鎮座していたUP20Sの姿が…
次の日お店に行き、購入手続きをした次第です。

購入から暫くの間、よせばいいのに日用車として使用していました。
そりゃ、傷みますよねぇ~
幌はボロボロ、ボディも錆びてきて悲惨な姿に…(ーー゛)
結婚する頃だったか、一度板金修理と幌の張り替えをしました。

まあ、そこそこキレイな姿でイベントにもたくさん出たし、
遠くは名古屋までも行ったし、かなり活躍してくれました。
平成7年か8年頃にはエンジンのオーバーホールをしました。
オイル交換の際、怪しい鉄片を発見したからです。
メカの方は『まだ必要ではない』と仰っていましたが、
自分の判断でトヨタテクノクラフトにて施工していただきました。
幸いにもOHパーツの90%が供給され、キャブも新品に換装出来ました。
デファレンシャルも一度OHしているはずです。
ミッションは未だ手つかずかな?

ずっと走り続けてくれましたが、車体の傷みが尋常ではなくなってきました。
そこで大決断をし、本格的なレストレーションを施すことに決定。
知り合いの修理屋さんに頼みました。
(詳細は愛車の頁をご覧ください)
約2年半の歳月を費やし、シート屋さんで幌も新調。
平成15年、自宅の落成に合わせるように復活しました!

その後はお天気の良い休日にしか走行していません。
二年間に100kmくらいしか走っていないこともありました(笑)
保管は屋根付き車庫(^^)/
それでも幌は傷むんですね…
平成22年、またまた幌を張り替えました。
保管時の環境を改善し、ボディーカバーは二枚がけ!
猫が出入りするため、幌枠上はベニヤ板などで保護しています。
猫のジャンプ&着地が幌にダメージを与えるんですよ…(・_・;)
その甲斐あって、4年経過した現在でも新品同様です(^^♪
が、ボディ各所に錆の盛り上がりが出てきました。
いずれ修繕の必要があるのでしょうね…


パブ君近影




もう一台の旧型車はスバルサンバーK151です。
UP20Sが納車された翌年、シャレで衝動買いしたクルマです。
(これも詳細は愛車の頁で)
色々あって現在は検切れの休車。
屋根の下に保管しているものの、車体の傷みは顕著です。
このまま放置するのか、手放すのか…
そのスジでは人気のある形式ですので、一時は売却も真剣に考えました。
しかし、検討の末に復活させようという結論に!
何年かかるかは不明ですが、少しずつ進めたいと思っています。


寝たきりスバル君





普段『足』として乗っているのは日産ラフェスタ・ハイウェイスターDB30です。
第二子、三子が誕生した時に新車で購入したトヨタ・シエンタが6年を経過し、
『マトモな価格で売れるうちに乗り換えよう!』
ということで入れ替えました。

この形式は以前から気になっていたので、ごく自然な選択でした。
何と言っても不人気車なので、あまり走っていないところがいい!(笑)
ディーラーで試乗車として使われていたものを購入。
1年落ち、走行1600km、装備から計算すると、新車時より90万安くらいでした。
自分ではかなり気に入って乗っています。
走りは悪いですが、全体的には満足。
ダウンサス、社外アルミ、その他少しいじって楽しんでいます。


我が家の日用車









音楽
(長いぞ~!)

音楽と言っても、かな~り幅が広い…(^^♪
アイドル系からクラシックまで聴きますので。
オーディオファンの域までは達しませんが、機器も好きです。
これも完全に親父の影響ですね。

自分が幼い頃から、家には音楽が流れていました。
親父が音楽好きで、たくさんのレコードを持っており、
夜になると色々なジャンルを聴いていました。
クラシック、タンゴ、そして歌謡曲まで(^_-)-☆
タンゴは全然判らなかったのですが、
クラシックは大人になってから
『おー!これ聴いたことある!』
って感じで、自分も好きになったりしました。

ボクが小学1年の頃、グループサウンズが流行っていて、
親父もブルーコメッツのレコードを持っていました。
それを聴き、ギターとかドラムが『カッコいい!』なんて思い、
クッキーの空き缶並べてドラムスみたいに箸で叩いて遊んでいましたね(^O^)/

小学3年の頃からは自分の小遣いでレコードを買い始めました。
どれを最初に買ったのかは覚えていませんが、
ザ・テンプターズやザ・スパイダースが多かったと思います。
ここからロック系に向かうのかと思いきや、
中学になるとアイドル系に…(@^^)/~~~
天地真理、浅田美代子、桜田淳子など、ルックス?から入り、
なんか知らんが何枚かレコード持っていましたなぁ…

アイドル好きが爆発したのは中3でした。
8時だヨ!全員集合!に出ていたキャンディーズが好きになり、
『なみだの季節』というシングルを買い、毎日何度も聴いていました。
同じ曲をリピートして聴き続けたのって、たぶん初めてだと思います。
高校に入り、同じクラスにキャンディーズファンが二人居て、
三人でコンサートに行こうじゃないの!ということになり、
昭和50年4月27日、文京公会堂でライヴ初参戦!


初めてのコンサートチケット♥


これ以降、キャンディーズにハマり、全てのアルバムを買いました。
シングルも全部揃えたかな~?
4曲入りの17cmLP(?)もあったけど、あれは全部持っていませんでした。





『年下の男の子』販促ハガキ




朝から晩までキャンディーズばかり聴いていましたね~
音楽に熱中したのって、たぶんこれが最初だと思います。
テレビやラジオの公開放送やコンサートなどにもよく行きました。
いわゆる『追っかけ』ですね(^_-)-☆






昭和51年 1月 船橋ヘルスセンター(ボク撮影)




↓《動画》

年下の男の子
動画:キャンディーズ Candies ♡♪☆ 年下の男の子 LIVE  /  ライブ      C



キャンディーズを追っかけ初めて間もなくデビューした
『ザ・リリーズ』というツインズデュオアイドルが居ました。
キャンディーズと同じ番組に出ていた時に初めて見たのですが、
なんとも素朴な可愛らしさに惹かれ、ハマってしまいました。
洗練されたキャンディーズには無いものを持っていたような気がします。
…なんて、もっともらしい理由つけてますが、タダの浮気ですな…(笑)


一時、リリーズ中心の生活になっていたこともあります。
現場で知り合ったファン同士でグループをつくり、
一緒に応援しているうちにスタッフ側に認められ、
オフィシャルファンクラブの東京支部って組織になっちまいました~

リリーズはキャンディーズと同じ渡辺プロ所属で、
ファンクラブは『渡辺プロ友の会』という系列会社が仕切っていました。
当時、キャンの支部は全国組織になり、まさにファンを代表する立場になっており、
その様子を目の当たりにしていたボクらは
『俺らもあんな感じでやっていくのかな?』
…なんて、喜んでいるのか焦っているのか、なんか判らない状態になっていました。

自分たちが様々な活動の中心となること、やりがいは確かにありましたが、
それ以上に負担となったところも多く、いつしか『楽しくねーな』なんて思っていました。

気がつくと、またキャンの追っかけに戻っていたりして…(笑)
この頃に現場で知り合ったキャンファンは面白い連中ばかりで、
キャン追っかけ時代を思い返すと、最も楽しかった時期であったようにも思えます。
その仲間たちとは現在でも交流があります。
キャンディーズがくれた宝物の一つですな!


平成21年/スーパーキャンディーズの仲間たち



…とかなんとか言っても、リリーズ時代も楽しかったです。

ボクは支部長なんて大役をやらせてもらったし、いい思い出です。
ザ・リリーズの奈緒美さん、真由美さん、当時のスタッフの皆さん、
そして仲間たちには感謝しています。


平成21年/リリーズと30年ぶりの再会♥




昭和52年に入った頃から追っかけ活動はやめていましたが、
キャンディーズの解散コンサートとなった後楽園球場には行きましたよ~!
当時、キャンディーズ人気は最高潮に達しており、
このファイナルカーニバルのチケットは即完売。
55000人キャパのところ、10万枚の応募があったと後から聞きました。
当時のチケット申し込みは現金書留で料金を送り、
折り返しチケットを返送するというシステムでした。

ファイナルカーニバルのチケット管理は、ファンクラブや同士の集合体である
『キャンディーズカンパニー』という組織が行っていました。
ここで手伝いをしていた方から聞いたのですが、
10万の応募者から抽選をし、落選した約5万枚分は現金書留で返送したそうです。
渋谷区道玄坂にあった事務所と郵便局を何度も往復したとか。
現金書留の料金はキャンディーズカンパニーが負担したため、
とんでもない赤字が出てしまったそうです。

そんなプレミアムチケットでしたが、昔の追っかけ仲間が誘ってくれて
見事ゲットできたのです。
その仲間は、知らないうちにカンパニーの幹部になっていて(笑)
或る日突然『昔の仲間も集まるから来てね~』なんてハガキをくれました。
それでお願いしたところ、届いたチケットはグラウンド内の2列目\(^o^)/




  

このライヴを最後にキャンディーズは伝説となりました…





このライヴに関しては、いずれ頁を設けたいと考えています。
写真も撮っているし、ちょっとしたレポートなら書けると思いますので。


昭和53年 4月 4日 後楽園球場(ボク撮影)



キャンディーズが解散しても、レコードはずっと聴いていました。
特に『CANDIES1676days』というアルバムは当時かなり集中的に聴いており、
この中の曲がかかると、現在でも昭和54年の様子が思い浮かびます(笑)

キャンディーズにハマっていた頃、並行してフォーク系も聴くようになりました。
吉田拓郎、イルカのアルバムが気に入っていました。
特に吉田拓郎の篠島ライヴ、『TAKURO TOUR 1979』は聴きまくりましたね~
このアルバム、な~んと!現在でもCDで聴いています。
ボクにとっての吉田拓郎は、この頃が最高だったと思っています。

あの当時、レコードは必ず秋葉原の石丸電気で購入していました。
アルバム特典以外のポスターをくれたり、額面の20%分が金券でバックされていたので、
懐の寂しい学生にはありがたかったですね。
LPを10枚買えば、LPを1枚もらえるということですから、
当時としては相当の『おトク感』があった訳です。


キャンディーズが解散した直後くらいから、ボクは或るバンドにハマりました。
その名は『柳ジョージ&レイニーウッド』。
何気なく貸レコード屋で借りたアルバムがキッカケで、かなり夢中になりましたね~

中学時代の友人、E君も当時ハマっていて、一緒にライヴへと出かけました。
たぶん、合計で10数回は行ったと思います。
その頃はライヴに行くと次の公演のチケットを売っていて、
何の不自由もなく購入することが出来ましたから。

レイニーウッドは昭和61年末に解散してしまうのですが、
そのラストステージである武道館にも参戦しました。





柳ジョージ&レイニーウッド


柳ジョージは横浜生まれの横浜育ち。
自叙伝を読むと、旧き善き時代のヨコハマが記されており、
横浜に対する憧憬の念がかなり強まった時代でもありました。

柳ジョージさん、
2011年に亡くなってしまいましたね…
2005年の復活ライヴ、行きたかったなぁ…
素敵な歌をありがとうございました!




柳ジョージをキッカケにし、買うレコードの幅も広がったような気がします。
全く疎かった洋楽にも少し興味を抱くようになりましたし。
一番衝撃を受けたのはクリームとジミ・ヘンドリクスでした。
クリームのクロスロードという曲が凄くカッコよくて、
何度もリピートしていた思い出があります。
ジミヘンは正直『訳わからん!』感じでしたが、
ギターであんな表現が出来るのかと驚きましたね。

ギターに少しずつ興味が出てきました。
ジョージ・ベンソンのクリアな速弾きにしびれました。
しかし、最も好きになったギタリストは高中正義。
ブルーラグーンがヒットしかけた頃からハマり、
旧作を含め、アルバムを全部揃えてしまいました。
中でも『虹伝説』というアルバムは忘れられない存在です。
先日、リマスターのCDを購入し、30年ぶりに聴いています(^^♪

よせばいいのに、エレキギターを購入したのもこの頃だったかな?
通販で売っていた無名の安物でしたが、ストラトそっくりの形をしていました(笑)
教本を買って練習したものの、全く身に付きませんでした…((+_+))


レイニーウッドとほぼ並行し、かなり気に入っていたのが松田聖子。
デビューした時から好きになり、レコード買っていました。
タダのアイドルとはちょっと違う、何かを持っていましたね。
とっても可愛くて、でも歌唱力もあって。
歌は二の次で良かったアイドルの概念を松田聖子がぶち破ったような気がしています。

アルバムの曲も良かったですな~
一番好きだったのが『Pineapple』というアルバム。
この頃の松田聖子の曲を聴くと、トロ鉄仲間のやっちゃんと共に
あちこちのトロッコを探索して撮影していた頃が蘇ります。
やっちゃんも松田聖子好きだったな、確か。
松田聖子は今でも聴き続けています。
やっぱ、昔のアルバムばかりですけれどね~


松田聖子 バリバリのアイドル時代



ボクが28歳くらいの頃、貸レコード屋で新たな出会いがありました。
借りたのは『TELEPORTATION』と『HERE WE ARE』というアルバム。
当時、急激に人気を上昇させていたPRINCESS PRINCESSです。

彼女たちの曲は、驚くほどストレートに身体へ浸透してゆきました。
メロディも詩も、なにもかもが心地良く、時には悲しく、
ドラムやベースが鼓動に聞こえたり、ギターから言葉を感じたり、
今までには体験したことのないようなものを授かったような気がします。


ドラムス、富田京子… あどけない顔してドラム叩く姿が可愛い!
ベース、渡辺敦子… 一番オトナな感じで安定したベースが素敵!
キーボード、今野登茂子… ヤバい、タイプだ…♥
ギター、中山加奈子… ハデだけど可愛い顔してる!
ヴォーカル、奥居香… すげー元気!バンドを引っ張ってる!





PRINCESSには相当夢中になりました。
やっぱ、ガールズバンドということもあり、自分の中には
若干アイドル系のノリもあったのかも知れません。
ライヴに行きまくり、グッズを買いあさり、ファンクラブにも入り、
弾けもしないシンセサイザーに手を出したりしました(笑)

鍵盤はマトモに練習するまでもなく撃沈。
しかし、再び手をつけたギターに対する思いは少し違ったように記憶しています。
『どうしてもこのフレーズを弾きたい!』
そんな気持ちが強くありましたので。
通信教育の『やさしいロックギター入門』(笑)により練習を重ね、
ホントに少しずつですが『おっ!』と思う音が出せるようになりました。
BOSSのエフェクターとミニアンプを買って練習しましたがな~

そして、グレコのSS600-P2というSGモデルを購入!
中山加奈子モデルですわ(笑)
ボク、いつの間にか登茂ちゃん推しから、加奈ちゃん推しに変わっていたのね…
(・_・;)



ボクのSG (^^♪
バックは西武スタジアムライヴで振った旗!



このギターで断然モチベーションが上がり、PRINCESSの曲はいくつか出鱈目コピー?が出来て、
自己満足の世界で(笑)毎日毎日音出して近所に迷惑かけてました~(爆)





平成2年正月の武道館5Days皆勤賞記念!(笑)
このチケットは実際使われたものではなく、座席に一枚ずつ配布されたものです。



結婚してからも、カミさんとPRINCESSのライヴには行っていました。
しかし、LOVERS以降の曲がどうも馴染めず、
ライヴで新しい曲の比率が上がるにつれ、楽しめなくなってしまいました。
いつしかライヴに足が向かなくなり、少しずつ疎遠になってしまい…
PRINCESSが解散すると聞いた時、正直あまり動揺はしませんでした。
それだけ気持ちが離れていたのでしょうね。

でも…
WOWOWで生中継された解散ライヴ、知人に頼んで録画してもらったのですが、
その後見まくっていましたな~(笑)
やっぱり好きなバンドだったのでしょう。



リビングに飾ってある直筆サイン♥


娘が小学二年か三年くらいの頃、ふとしたことでPRINCESSの映像を見ることがあり、
『ねーねー、お父さん、プリンセスプリンセスってカッコいいね!』
なんて反応を示し、その後手持ちのライヴビデオやDVDを見まくっていました。

娘はハマり、PRINCESSファンになった訳ですが、
『私ももっと早く生まれて、ライヴ見たかったなー!』
なんて言っていました。

しか~し!
2012年、期間限定の再結成。
まさか娘と共にPRINCESS PRINCESSのステージを見ることになるなんて、
信じられないようなホントの話になっちまいました。

あの武道館は娘に多大なる影響を与え、
それからの彼女は、ドラムを習得しようと練習に励んでいます。



平成24年11月23日/武道館に集結した仲間たち


復活ライヴでは新たな出会いがありました。
mixiコミュニティで知り合った仲間たち。
PRINCESS PRINCESSがくれた宝物の一つになりました!




1990年代前半、PRINCESSのライヴが飽きてきた頃、凄く好きになったバンドがありました。
それは『LOUDNESS』。

自分がレイニーウッドにハマっている頃(昭和55~60年あたり)、
バイト先で知り合った一歳上のロッカーと良く遊んでいました。
そいつはバンドでベースをやっていて、髪はショートながらバリバリの金髪。
その頃、町で金髪は居なかったですから…(笑)

で、そのヒトとギターの話をしていた時、
『日本のバンドじゃ、レイジーがすげーんだよ』
と聞きました。

へ?レイジーって『赤頭巾ちゃんご用心』でしょ?
よくよく聞けば、レイジーがアイドルバンドというのは世を忍仮の姿、
実はハードロック志向なんだと。
ギターの高崎晃はハンパないテクなんだとも。

彼はヘヴィメタルが好きで、色々と細か~い話をあれこれ聞かされました。
アイアンメイデン、メタリカなんて聴いたことはないし、全然知らないんだけれど、
そのロッカーが熱く語っていたから名を擦り込まれた…(笑)
その後、レイジーが解散してLOUDNESSというバンドになったんだと、
それも件のロックベーシストから聞いたことをハッキリと覚えています。



初期のLOUDNESS



いつだったか忘れましたが、LOUDNESSのLPを借りてきたことがありました。
タイトルは覚えていませんが、たぶんベストアルバムだったと思います。

聴いてビックリ!
なんじゃ!このギターは!
S.D.Iが超カッコいい!
ギターが大好きだったボクは、高崎晃のテクにシビれてしまったのでした。




↓《動画》

S.D.I
動画:LOUDNESS  S.D.I


SPEED
動画:SPEED / LOUDNESS



何年か経ち、どうしてもLOUDNESSが見たくなってライヴに行きました。
平成 5年 1月21日、渋谷公会堂。
知らないうちにヴォーカルの二井原実が抜けて外国人に替わり、
更にメンバーチェンジされたとのこと。
おー!訳わからん!

ベースが元Xの沢田泰司… Xは知ってるけど、このヒト知らない…
ヴォーカルは山田雅樹… 日本人やん… 全く判らん…(+o+)
ドラムス、樋口宗孝… おー!知ってる!レイジーからの人やもんな!
ギター、高崎晃… 出た!この人見たくて来たようなもんだよ~


渋公観に行った時のメンバー



ライヴには圧倒されました。
世界が違う…

カミさんは樋口のドラムソロにメロメロでした。
あの高崎がすぐそこでギター弾いてるがな~♥
むちゃむちゃカッコいい!

とにかく凄かった。
山田のヴォーカルも迫力あったし、ベースの沢田はかなりカッコ良かったです。

『また行きたいな』
カミさんとそう言ってはいましたが、その後ライヴに行く機会はありませんでした。

 
席は二階2列目、出っ張った所だったから良く見えた~♥





LOUDNESSは今でも聴いています。
…てゆーか、焼け木杭に火がついた状態になり、ライヴに行きたくてたまらん…(笑)
とりあえずDVDやCD集めてます~(^^♪






樋口さん晩年のLOUDNESS





でも…
樋口宗孝さんは本当に残念でした。
あれからもう6年近く…
日本を代表するロッカー、素晴らしいドラマーでした。
いつまでもボクたちの心の中で輝いています!









現在のLOUDNESS


現在のLOUDNESSメンバー

ヴォーカル 二井原 実
ギター 高崎 晃
ベース 山下昌良
ドラムス 鈴木アンパン政行


アンパン以外は全員50代じゃー!
ボクらと同世代\(^o^)/
すげー!




2014年10月17日、LOUDNESS現メンバーのライヴ、行ってきました!
(拙ブログにてご覧ください。)



2015年9月7日、渋公でのLOUDNESSライヴに行きました!
拙ブログにてご覧ください。







ちょっと時代が前後しますが、漠然と聴いていたのが…
桑名正博、ファニーカンパニー、THE MODS、渡辺真知子、シーナ&ロケッツ、
石川優子、BOØWY、中島みゆき、今井美樹、渡辺貞夫、ザ・ゴールデンカップス、
SHOGUN、クリエイション、本田美奈子、PERSONZ、PINK SAPPHIRE、渡辺美里、
浜田省吾、ZIGGY、レベッカ、HOUND DOG、浜田麻里、THE BLUE HEARTS
…思いつくところ、こんな感じです。
レコードやCD借りてきて、カセットに録音して聴いていたのが殆どですが、
CD(レコード)を買ったアーティストもいます。
実際にはもっと多かったはずです。



LOUDNESSのライヴ以降暫くの間、音楽系では主立った動きは無かったような…
ライヴに行ったので覚えているのは、松田聖子とELTくらいかしら?

Every Little Thingは、何となく雰囲気のある曲をやっていたので気に入り、
レンタルCD借りて来て、MDに録音して聴いていました。
で、カミさんと
『ライヴ行ってみる?』
という軽い気持ちで武道館へ行ったことがあります。

しか~し! 予想以上につまらなくて撃沈~(*_*)
それ以来かな?だんだん聴かなくなりましたね…(ーー゛)


松田聖子のライヴも武道館でした。
具体的な年月は失念してしまいましたが、多分1990年代後半。

彼女も30代半ばといったお年頃だったと思います。
松田聖子さんはボクより二つ年下、カミさんより三つ上。
ボクらは勝手に『同年代』って思っているんですけど…(笑)

もちろんバリバリのアイドル時期は過ぎていましたけれど、
チャーミングで歌も素晴らしくて、とても楽しいライヴだったと記憶しています。

『また行きたいね~』って、今でも言っています。
あ! 娘も『行きた~い!』と言っていました(^^♪






その娘が誕生したのは2002年、平成14年のことでした。
その娘がお腹に宿った頃、とても気になるアイドルと出会いました。

『モーニング娘。』です。

モーニングの存在は知っていましたし、カラオケに行くと
やたらとラブマシーン唄うヒトが多く、どちらかと言えば引いてた方なんですが…。

最初にハマったのは、『ザ・ピ~ス』でした。
なんか耳について、気になっていたのですが、映像見て運命変わりました(笑)
スカパーの音楽チャンネルで、Jポップのランキングとかをやっていたのですが、
そこで『ザ・ピ~ス』のMVが流れたんですね~

セーラーの衣装着たメンバーがダンスしているんですが、その場所がトイレ!
アイドルのコが金かくしに肘かけて唄っとる…(*_*)
ぶっ飛びました!(笑)

曲もいい、ノリもいい、センターのコが可愛い!
その頃はメンバーの名前なんて知りませんからね~ 
あとで石川梨華と判り、ファンになりました。
(唄、むちゃむちゃヘタですけどね…笑)


ザ☆ピ~ス



モーニングの場合、『聴く』よりも、『見る』方に重点あったような気がします。
CD買ったり借りたりして聴いてもいたのですが、やっぱ映像の方が面白かったです。
その頃のモーニング娘。って、第一次黄金期みたいな感じで、
テレビのレギュラーも多かったし、本当に見る機会が多かったです。
ミニモニ。もこの頃流行り始めてたかな?

娘が生まれると、ハロプロ系の映像を良く見せていました。
お腹に居た頃から聴いていたからか、反応良かったですね~
泣いてても、お気に入りのMV流すと泣きやんだし。
ホント、ウチの娘はモーニング聴きながら成長したんですよ。


そんな娘を連れ、ハロプロのライヴに行きました。
未だ1歳10ヶ月の頃、安倍なつみ卒業公演、横浜アリーナでした。

卒紺ですが昼公演、チケットはオークションで購入しました。
本当のラストステージ、いわゆる卒紺は同日の夜公演です。

安倍なつみ卒紺のオークション価格は伝説になっており、
最高額は80万円!
『アホちゃう?』と思いますが、買う方は必死なんでしょうね…((+_+))
ボクも当時のオークション見てたから知っていますが、
確かに殆どが10万円台になってました。
その反面、昼公演は定価と変わらない額でしたが…(^^♪

あの頃のハロプロ系ライヴには小さな子供連れが珍しくなく、
何の違和感も無く、娘はライヴ初参戦を果たしたのでした。
ず~っとゴキゲンでノッていましたよ(*^^)v


安倍なつみ卒紺



その後、モーニング娘。ライヴ参戦は次第にエスカレートしてゆきました。
娘が成長するにつれ、参戦回数は増加の一方!
詳細を書き始めるとキリがないため、それはまた別の頁で(笑)

正確な数は判りませんが、コンサート、ミュージカル、
新曲イベント、握手会等々全てを含めると70~80回は行っていると思います。



最初のうちは
『いや~ 娘が喜ぶからさ~』
なんて、いかにも娘に合わせて行っているように振舞っていましたが、
実は自分もむちゃむちゃ楽しんでた…(笑)



平成20年 8月/新宿コマ劇場
シンデレラ・ザ・ミュージカル
平成20年 8月/新宿コマ劇場
シンデレラ・ザ・ミュージカル
平成21年 5月/中野サンプラザ
プラチナ 9 DISCO
平成21年 5月/新宿厚生年金会館
プラチナ 9 DISCO
平成21年 8月/アメーバスタジオ
ラジオ公開放送&握手会
平成21年 10月/よみうりランド
カップリングコレクション・ライヴイベント




モーニング娘。では、いわゆる『プラチナ期』が素晴らしかった!
モーニングの歴史の中で、世間的には最も低迷していた時代なのですが、
メンバーは粒揃い、何と言っても娘史上最高の結束力と一体感、
それぞれのモチベーションは高かったし、
パフォーマンスのクォリティが急上昇した頃でもありました。



最高のメンバー♥







六期最強!♥




リーダーの高橋愛は、このメンバーが解体される際、
『過去最高のメンバー』
と言い切っていました。

これは凄いことです。
完全な縦社会のハロプロ界に於いて、先輩メンバーよりも
『今の自分たちが上』
と表現したのですから。

しかし、プラチナ期を知っている人なら、誰もが首をタテに振ったはず。
本当に素晴らしいメンバーでした。


高橋 愛=頼れるリーダー でもお茶目♥
新垣 里沙=縁の下の力持ち 鬼軍曹
亀井 絵里=ぽけぽけぷう 実はしっかり者♥
道重 さゆみ=うさちゃんピ~ス 最強アイドル
田中 れいな=娘核弾頭!麗奈夜露思駆!
光井 愛佳=愛玩アイドル タコ焼き娘
ジュンジュン=天然快楽小姐
リンリン=善良体贴姑娘




2010年12月15日、横浜アリーナで行われたライヴ
『ライバルサバイバル 亀井絵里・ジュンジュン・リンリン 卒業スペシャル』
を最後に、このメンバーは解散しました。



ひとつの歴史が終わった日…



このライヴはいわゆる卒紺とは一線を画し、解散ライヴであったとボクは思っています。

『誰かが抜ける卒業ライヴ』ではなく、
『プラチナ期の解散ライヴ』と表現するのが適切でしょう。

モーニング娘。史上、最高峰であり続けた時代に終止符を打ち、
新たなメンバー構成によって全く違うグループとなり、
新生モーニング娘。として再スタートをしたのです。


プラチナ期のモーニング娘。は、既に伝説になりつつあります。


現在のモーニング娘。'14はフォーメーションダンスを極め、
ハイレベルのパフォーマンスを提供できるアーティストになりました。

今や超一流のアイドルグループです。


しかし、その礎にはプラチナ期がある。

あの時代、ダンス、歌唱のレベルを向上させ、
パフォーマンス重視の活動をしてきた、プラチナ期メンバーの功績は多大です。



↓《動画》

2010.12.15 横浜アリーナ
オープニング~ そうだ!We're ALIVE
動画:そうだ! We're ALIVE Live at 横浜アリーナ 2010.12.15, Wed


大きい瞳 
亀井絵里・道重さゆみ・田中れいな
動画:えりりん さゆみん れいな 大きい瞳 Live at 横浜アリーナ 2010.12.15, Wed






平成22年12月/新宿福屋書店
亀井絵里握手会
平成22年12月/横浜アリーナ
ライバルサバイバル
亀井絵里・ジュンジュン・リンリン卒業スペシャル
平成23年 9月/日本武道館
愛BELIEVE
高橋愛卒業スペシャル





絵里りん推しだったボクはライバルサバイバルで、
愛ちゃん推しだった娘は愛BELIEVEをもってライヴ参戦を卒業しました。

7年間に渡っての参戦でしたが、娘の成長と共に思い出がいっぱいです。





現在のモーニング娘。'14は陰ながら応援しています。
親しみのある最後のメンバー、さゆちゃん卒紺には行きたいなぁ~❤



モーニング娘。'14







我が家のお宝!

左のポスターは娘がFCに応募して当選したものです。
ツアー中、ライヴ会場で掲出されていたもので、ボクらも現場で見ました。
中央は高橋愛サイン入りTシャツ(^O^)/
MBSヤングタウン土曜日に友人が応募し、
道重さゆみさん、高橋愛さんのサイン入りTシャツセットを見事ゲット!
さゆちゃんファンの友人、ウチの娘が愛ちゃん推しなのでプレゼントしてくれました。
右は『気まぐれプリンセス』の全員サイン入りポスター。
ライヴ会場でCDを購入するとポスターがもらえるのですが、
何枚かに一枚がサイン入りという『くじ引き方式』。
ボクたちはハズレでしたが、これも件の友人が譲ってくれました。
<m(__)m>









そして…
道重さゆみさんのブログで発見!
FC当選のポスターにサインをしている様子が!
これは貴重です!


ウチのポスターにサインする道重さん❤








2014年11月26日、4年ぶりに横浜アリーナへ行ってきました。
道重さゆみさんの卒業公演です。
2010年12月15日、伝説のプラチナメンバー解散ライヴ以来の横アリ。
何だか特別な思いがありました。

その時の様子は拙ブログにてご覧ください。





参戦!







ありがとう!








≪2015年 5月記≫
道重さゆみさん、卒業から半年になりますがどうしているのでしょうか?
親友の絵里りんと遊んでいるのかな?
このまま引退すると伝説のアイドルになるでしょうね。




≪2015年 11月26日≫
さゆちゃん卒紺から早や1年。
元気で過ごしているかな?
相変わらず極度の可愛さを保っているかな?
さゆちゃんブログにメッセージ書き込んでおきました。








≪2015年 12月記≫
LOUDNESSの渋公ライヴに行った後、何気なくYoutubeを探っていた時です。
タッカンと並んでステージに立つ浜田麻里さんを発見。
そういえば、昔よく聴いていたなぁ~
なんて軽い気持ちでライヴ映像をいくつか観覧…
衝撃を受けました。
歌唱力が素晴らしいのは知っていましたが、昔よりも格段に魅力的になっている。
あれよあれよという間にハマりました❤
とりあえずベストアルバム「INCLINATION」と「INCLINATIONⅢ」を購入。
更に30thライヴのブルーレイも買っちゃいました。
もう電流走りまくり!
ライヴに行くぞ~!(笑)


魅惑のヴォイス







≪2017年3月13日記≫

なんと、この頁を一年以上も放置していました。
あれ以来、音楽系は麻里さん一色です。
2015年12月には、翌年5月のライヴを先行予約。
2016年3月にはファンクラブに加入しました。
その方が情報収集とチケット取得に有利かと思いまして(^^)v

で、2016年5月29日に初ライヴ参戦してきました。
場所は東京国際フォーラム・ホールAです。
座席数が5012席という大きな会場。
ここに来るのは初めてです。





■Mari Hamada Tour2016 "Mission"■

2016.5.29 (日) 東京国際フォーラム ホールA




\(^o^)/

DVD購入特典で麻里さんの直筆サインをゲット❤





(セットリスト)

1. Monster Wave
2. Xanadu
3. Crimson
4. Heartbeat Away From You
5. Tele-Control(Short ver.)
6. Preious Summer
7. In Your Hands
8. Revolution In Reverse
9. Beautiful Misunderstanding
10. White Lies(Acoustic ver.)
11. Obsidian
12. Tears Of Asyura(Outro new ver.)
13. Sparks
14. Dystopia
15. Superior
16. Crisis code
17. Lights ~ Tokio Makin' Love
18. Rainbow After A Storm
19. Rin

EN1. Historia
EN2. Carpe Diem
22. Orion

WEN1. Fantasia
WEN2. Blue Revolution




1階席ではありますが、なんと45列目という悪条件…(*_*;
しか~し!
麻里さん素晴らしい!
遠くても、ビシバシ、ガンガン伝わってきました。
Missionからの曲は勿論、まさかの Preious Summer に超ゾクゾクしました。
ちょっと体調が今ひとつなのか、とも思いましたが、実に素晴らしいステージでした。
これはハマります❤








↓《動画》

Superior
動画:浜田麻里 Superior


Rainbow after storm
動画:浜田麻里 Rainbow After A Storm


【麻里さんをサポートするメンバー】
増崎孝司(G) 藤井陽一(G) 若井 望(G) 
山田“YOU”友則(B) 増田隆宣(Key)
宮脇“JOE”知史(Dr) 中尾昌史(Key, Manipulator)
浜田絵里(Cho)







5月の東京国際フォーラムは、一般発売の先行予約で運よく購入できましたが、
聞くところによると即日ソールドアウトだったそうです。
Missionツアーの追加公演、7月18日の東京国際フォーラムはファンクラブから優先予約。
座席も一気に前進し、23列目のチケットが届きました。
そして、7月18日は麻里さんのお誕生日!
バースデイライヴですね~
アイドルのノリで、お誕生祝のうちわを製作して持参しましたぁ~(^^)v





■Mari Hamada Tour2016 "Mission" 追加公演■

2016.7.18 (日) 東京国際フォーラム ホールA




(^^♪




裏面がHappy Birthday!




(セットリスト)

1. Sparks
2. Monster Wave
3. Crimson
4. In Your Hands
5. Revolution In Reverse
6. Night Steals
7. Anti-Heroine
8. Beautiful Misunderstanding
9. Missing You
10. Antique
11. Orion
12. Tears Of Asyura
13. Carpe Diem
14. Superior
15. Dystopia
16. Crisis Code
17. Tokio Makin’ Love
18. Rainbow After A Storm
19. Rin

EN1.Historia
EN2. Somebody’s Calling

WEN1. Blue Revolution
WEN2. Heartbeat Away From You
WEN.3.Return to Myself(アカペラ、メロディーのみ)




前回にも増して麻里さんのパワーを堪能できました。
まさに全身全霊で伝える歌姫です。
ますますハマってしまったことは言うまでもありません。

持参したうちわ、アンコールの際に場内モニターに抜かれたし、
とてもいい思い出になりました。












現在もクラシックからアイドルまで、幅広い音楽を聴いています。
ライヴ映像を大音量で観るのが大好きです。




≪好きな音楽2014≫

◆クラシック◆
ドヴォジャーク
スメタナ
チャイコフスキー
モーツァルト



◆ロック&ポップス&フォーク◆
LOUDNESS
浜田麻里
PRINCESS PRINCESS
高中正義
吉田拓郎
中島みゆき
松田聖子



◆アイドル◆
モーニング娘。
モーニング娘。'14 ~
キャンディーズ









これらの音&映像を楽しむAV機器を紹介しましょう。


機器名 メーカー 型番 ひとこと
プラズマテレビ HITACHI P46-XP05 画質良好で満足 でも熱い(笑)
Blu-rayレコーダー Panasonic DMR-BZT600 外付けHDD非対応…(-_-メ)
DVDレコーダー SHARP DV-ARW22 DVD再生用の予備機
DVDプレーヤー SONY DVP-NS53P 殆ど使いません
レーザーディスクプレーヤー Pioneer CLD-535 たまにLD見てます!
S-VHS ビデオデッキ HITACHI 7B-S80 そろそろ壊れそう…(・・?
Hi8 エディター SONY EVO-9700 元K君所有物ですが…
ハードディスクレコーダー SONY VRP-T3 2年くらい通電させていない…
カセットデッキ DENON DR-210 最近は出番ナシ
CDレコーダー DENON CDR-W1500 滅多に使いません
CDプレーヤー Pioneer PD-F908 一時は良く使っていたけど…
アンプ DENON AVR-1800 そろそろ入れ替えたいな~
メインスピーカー KENWOOD LS1000 親父の形見
サラウンドスピーカー DENON SC-A11R 天井から吊り下げ
センタースピーカー DENON SC-C33 猫がよく座っている(笑)
ウーハー DENON DSW-11R いい感じで響く!




AVラックは若月製。
上からBD、DVD×2、LD、VHS、Hi8です。







【その他の趣味】



MLB


アメリカ大リーグ、メジャーリーグベースボールですね。
かつては一日に二試合ずつ観戦し、スコアやレポートを書いていました。
それだけ好きだったのですが、ここ数年間で殆ど観なくなりました。

最初にMLBを真剣に観たのは伊良部のデビュー戦でした。
ボクはロッテ時代の伊良部ファンで、マリンスタジアムに応援に行ったこともあります。
彼のピッチングにシビれていましたから。

その伊良部秀輝がMLB、それもニューヨーク ヤンキースへ行く!
このニュースには胸躍りました。
様々な経緯があり、誤った報道が重なったこともあって
伊良部のイメージは非常に悪いものでしたが、そんなことを吹き飛ばすようなデビュー戦でした。

1997年 7月10日。
ボクは休暇をとってBSに釘付けでした。
伊良部のピッチングも素晴らしかったですが、
球場、お客さん、そして選手たち、全体の雰囲気に惹かれました。

それ以来、伊良部の登板する試合は勿論、様々なゲームを観戦しました。
日本人投手が出る試合はBSで放送されましたが、
スカパーのMLBチャンネルを契約し、他の試合も色々と観まくりましたよ~(^^♪


伊良部秀輝という選手、とにかく誤解が多くて気の毒でした。
やはりマスゴミの伝え方でしょうね…
ボクたちファンは信じていましたが、
世間の人たちって、やはり報道された姿しか見ないから…

代理人をしていたダン野村氏がいいを出しています。
これをご覧になれば、伊良部への誤解も消えるはず。


伊良部は1998年、1999年とヤンキースで先発ローテーションを守り、
ワールドチャンピオンに貢献しました。
二度の月間MVPを獲得していることが実績の証です。
特に1998年の前半は素晴らしかった…
6月まではサイ・ヤング賞候補、オールスター選出確実…
…とまで言われていましたからね。



最期は…
よく訳判りませんが…


大きな夢を見させてもらったことに対して、
ボクたちファンは感謝し続けているし、あの雄姿を忘れることはないでしょう。




伊良部の影響で、ボクはずっとヤンキースファンです。
現在もたま~に試合観ますが、昔ほど熱くならないなぁ…


MLBに関するもの、いくつか買い集めました。
ちょこっとご紹介しましょう(^_-)-☆




伊良部秀輝 直筆サインボール&サイン入りカード・写真

写真はモントリオール・エクスポズ時代。
カード、ボールはヤンキース時代です。
ボールのうち、ひとつはマイナーリーグのボールです。










直筆サイン入り写真

左から
ホルヘ・ポサダ&ヨギ・ベラ
デレク・ジーター
マリアノ・リベラ
特にリベラのは 年のリーグチャンピオンシップシリーズで
MVPを獲得した際のサインで、とても気に入っています。

直筆サイン入り写真は、他に
アンディ・ペティット
伊良部秀輝
があります。










直筆サインボール&写真

伊良部秀輝の直筆サイン入り写真、
そして直筆サインボールたちです。
サインボールは、
デレク・ジーター
ルイス・ソーホー
シェーン・スペンサー
ティム・レインズ
アレックス・ロドリゲス
ポール・オニール
です。









伊良部秀輝 実使用ジャージ

テキサス・レンジャーズ時代の実使用ホームジャージです。
2001年にエクスポズを解雇になり、
オフにプエルトリコのウインターリーグに参加。
実績を上げて翌年にはレンジャーズのキャンプ招待選手に。
まさに這い上がって掴んだメジャーのマウンドで、
伊良部は初めてのクローザーを任されました。
その時の実使用ジャージ。
ボクにとって最高のお宝で~す!  








プラモデル


最近では殆ど造らなくなりました。
と言うか、レイアウトのストラクチャーばかり造るので…(^.^)

昔はよく造りましたね~
やっぱ、クルマが多かったかな?
プラ板やパテを駆使して改造しまくりました(笑)
その技は、現在のストラクチャー造りに生かされています。

こないだ、久しぶりにクルマを造りました。
娘が
『プラモデル造りた~い♥』
と言うので、指導を兼ねて。

さすがに細かい作業などは出来ませんから手助けしました。
あと塗装もね。
まぁ、それでも結構頑張っていましたよ。
あと2~3個造れば、ひとりで出来るんじゃないでしょうか?




娘のデビュー作!






こっちはボク!








ストック…

ゴミ置き場ではありませんよ~
ここにレイアウト用ストラクチャーがストックしてあります。
以前から買い貯めていたもの!
その中に、僅かですがクルマのプラモデルもあります。
レベル製の1/24トラバントなんて3個あるし(笑)









楽器

趣味の域には達しませんし、マトモに弾けないのですが楽器は好きです。
現在、ボクの所有物はギターが一本。
望みは娘に託し(笑)、彼女はピアノとドラムを習っています。


がんばれ~!


中学校では吹奏楽部で活躍しました。
その様子は ↓ こちらに掲載しております。

まりっぺの吹部日記










PCなど


これも趣味の範囲なのか疑問ですが…
毎日使っているし、ちょこっと紹介します。



《メインPC》
NEC VL150/S

《外付HDD/1》
BUFFALO HD-LBF2.0TU2

《外付HDD/2》
BUFFALO HD-PZ500U3-B

《外付HDD/3》
I-O DATA HDCL-UT2.0WB




《スキャナー》
EPSON GT-X820

《プリンター》
CANON MP640

《ノートPC》
HP C5H56PA-AABZ



ボクのデスク

工作作業台を兼ねているため、ちょっと汚いですが…(*_*)





【嗜好】



美味しいものは大好きです。
たとえ平凡でも、造る人の愛情と手間が感じられるものは最高。
世の中には様々な御馳走がありますが、
ボクは自宅での食事が一番好きです。

以前は自分でも料理をしていました。
色々なものに凝って、あれこれ試したり…
現在もたま~に造りますけれどね(*^^)v








酒は大好きです。
亡父が酒好きだったせいかも知れませんが、
割と幼い頃から酒には親しんでいました。
とは言っても本格的に飲んでいた訳ではないですけれど…(^.^)

親父の会社の人たちが家に集まることが多く、その時は酒宴になりました。
大人たちは面白がってボクに酒を舐めさすものですから、
まあ少しずつ免疫がつくというか、子供なのに酒が平気になったんでしょうね。

中学生の頃には普通に飲めましたよ(^^♪
冬の撮影では『温まる』とか言ってポケットウイスキー持ってたし(笑)
中学の卒業式後には酒宴が催され、帰りの電車で見事に寝過ごしたし~

毎日飲むようになったのは19歳からかな?
それ以来36年間、休肝日って何日あっただろ?(*_*)


一番好きなのはビール。
旅に出るとビールばっかり飲んでいます。
基本的に副原料を使わないヤツがいいですね。

今、メインで呑んでいるのはベアレン
10年以上のヘビードリンカーです。
ドイツの本格醸造を取り入れた旨いビールですよ。


ベアレンビール
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日本のビールは副原料使用が常識で、
どちらかというと旨味よりも喉越し、風味が優先されていました。
エビスは頑固に『麦芽・ホップ』で続けてきてくれましたね。
モルツをはじめ、本格ビールが増えてきたのは喜ばしいことです。

でも、日本の量販ビールは炭酸が強めですね。
だからビールばかりを続けて飲む人は少なく、
『とりあえずビール』なんて立場になっちゃっています。

ヨーロッパに行くと町それぞれにビール醸造所があり、
本当に様々なビールを楽しむことが出来ます。
本場のビールは炭酸が日本ほど強くなく、たくさん呑めるのです。
ヨーロッパを旅すると、ホント一日中ビール呑んでいるような気がする(笑)

チェコで呑んだビールが一番印象が良いです。
プラハのパブ、ウー・フレクで呑んだ黒ビール、
プルゼニュで呑んだピルスナー・ウルケル、
チェスケー・ブデェヨヴィツェで呑んだブドヴァイゼル、
どれも旨かったぁ~
中でもブドヴァイゼルが最高でした!


    
 ブドヴァイゼル       ピルスナー・ウルケル



ウ・フレク






酒(日本酒)も大好きです。
美味しい酒をいただくと、本当に幸せな気持ちになります。
口に含んで味わって、美しい液体を眺めていると
『これってホントに米から出来てるの?』なんて思います。

幸なことにウチの近所に全国の酒を販売しているお店があり、いっつもお世話になっています。

そのお店はシマヤさん。
ボクは開店以来利用させていただいています。
今はすっかり有名になられた社長さんがレジにいた頃から(^_-)-☆

お酒はカミさんが選んで買ってきてくれます。
自分ではめったに行くことはありません。



シマヤさんには旨いお酒がたくさん!
(シマヤHPより)



カミさんは『顔』で、店長さんはじめ店員の皆さんとも馴染みの仲。
そして、店長さんとかがボクの好みをご存知なんですよ!
だから買ってきてくれたお酒は殆どが『当たり』なんです。
自分が行って訳わからず選ぶより、プロにお任せした方が良いということです。
ホント、いつも美味しいお酒を提供していただき感謝しています。


ボクは酒のことを日本酒って呼ぶのがキライです。
自分は日本人で日本に住んでいるのに、
何で自国の酒に国名を付けなきゃならないの?

だいたい日本は酒を粗末にし過ぎなんですよ。
増譲酒が未だに造られているなんて信じられません。
酒は日本の文化ですよ。
その酒に加水して色々なものを混ぜるなんて…

是非とも法律で規制していただきたい!
酒は米、麹、水のみで造るべし。
良質な銘柄に限り、醸造用アルコールの添加を認める…
そのくらいにね!



その他、好きなのはウイスキー、ジン、ヴォッカです。
ウイスキーは断然スコッチ派で、バーボンはダメ。
昔はバランタイン、サントリー角瓶が好みでしたが、
現在はKIRIN富士山麓が気に入っています。
ロック、水割り、お湯割りで呑んでいます。


富士山麓


ジンはギルビーの緑ラベル、47.5%に決めています。
製氷室に入れ、トロトロに凍らせています。
そのまま口に含むのが好きなのですが、強いので一口だけ…(笑)
ロック、水割りが殆ど、たまにトマトジュース割りも呑みます。

   
ギルビー ジン        スピリタス


ヴォッカは特に銘柄を決めていませんが、
スピリタスを呑むことが多いですね。
スピリタスはアルコール度が96%というオソロシイもの。
これも製氷室でトロトロにします。
そのまま呑むのは危険!でも少し舐めたりします(^O^)/
大抵はトマトジュース割り、1対9で割ってもアルコールが濃いです(笑)









出汁


料理をする上で、出汁は大切ですよね。
我が家では昆布、鰹節の類は必需品です。
特に銘柄には拘っていませんが、昆布は身の厚いもの、
鰹節は何種類かの削り節を主に使っています。

そのまま食べる場合、または拘りの出汁を取る時には
削り器を使用し、自分で鰹節を削ります。
現在使っている鰹節は、鹿児島県山川の大丸鰹節本舗製『本枯れ節』です。
最高の風味と旨味ですよ。
大丸さんの工場には、平成25年にお邪魔して
鰹節の製造過程を見学させていただきました。





醤油


日本が世界に誇る調味料!
我が家では25年くらい同じ醤油を使っています。
埼玉県川越市にある松本醤油商店の『はつかり醤油』です。
この醤油との出会いもシマヤでした。
最初は好奇心だけで購入したのですが、使ってみてビックリ!
旨味、香りが素晴らしく、特に煮物や蕎麦ツユなどすると際立ちます。

質の悪いものですと、加熱するにつれて醤油の味は薄くなり
塩辛さだけが残るようになります。
しかし、この醤油では違いました。
あと、そのまま舐めてみると量販醤油は塩辛さばかりが目立つのに対し、
はつかり醤油は旨味、風味を感じます。

これをキッカケに、色々な醤油を試してみました。
他にも美味しい醤油が見つかりましたが、
結局ずっと使い続けているは『はつかり醤油』です。
我が家の料理、味に合うのかも知れません。

20年くらい前、松本醤油商店を訪れたことがあります。
ヘビーユーザーゆえに、製造過程に興味を持ちまして…(^^)/
驚いたのは醸造に使われていた杉の樽。
なんと、古くは江戸時代から使われ続けているものもあるとか。
近年では修理できる職人さんが少なくなり、
樽のメンテナンスが難しい…と聞いた覚えがあります。
この樽に国産丸大豆、小麦、塩を仕込み、
二年間かけて造られます。

何年か前からシマヤで販売されている『はつかり醤油』は
『みつわの郷』というオリジナルブランドとなっています。
我が家には必要不可欠な存在です。








食材

自分が一番好きな食べ物って…?
なんて疑問を抱いたことはありませんか?

料理の種類は答えられますが、
食材となると意外と出てこないんじゃないかな。

ボクの場合、三つあげるとしたら

豆腐



じゃないかと思っています。

いずれも大好き、色々な食べ方がありますしね。


肉は鶏
魚は鰹、秋刀魚かな~







料理

よくカミさんが
『今夜は何にしようかね~ 何食べたい?』
聞いて来ますが、そんな時ボクは必ずこう答えます。



『焼肉か寿司!』



これは子供の頃の影響だと思われます。


ウチの親父は食べ物に対する執着心が強く、
お袋はそれに応えるべく料理をしていました(笑)
親父は仕事柄、接待などで外食する機会が多く、
そこで得た知識を家に持ち帰り、食卓に反映させていたのです。
なのでボクの家は、食事に関しては恵まれていた方だと思います。
決して裕福ではありませんでしたが、
手間と愛情のこもった料理を食し、ボクは育ちました。

なので、基本的に現在でも家庭の食事が一番好きです。
ウチの場合、ボク経由でカミさんが色々な料理を継承してくれ、
更に彼女なりのアレンジも加えて『我が家の味』が確立しています。


なのに何故に焼肉と寿司なのか?
それは…
昔、ボクが幼稚園、小学校低学年の頃でした。
普段は家庭での食事が当たり前だったのですが、
その『造り手』であるお袋が不在になった時、
晩御飯を外で食べるという必然が生じた時のことです。
そんなこと、通算で数度しかなかったはずなのですが、
決まって焼肉屋~寿司屋をハシゴしました。
要するに親父が好きだったんでしょうが(笑)
焼肉と寿司にこだわる理由、それは
その際の『擦り込み』が原因です。

これは親父から聞いた話ですが、焼肉屋って当時は一般的ではなく、
在日や大陸帰りの人、よほど好きな人でないと利用しなかったそうです。
親父は戦時中朝鮮に居たため、本場の味を知っていました。
なので『それ系』のお店に行っていたんだと思います。
キムチのことは『朝鮮漬』と呼んでいたことを強烈に覚えています。
ボクは小さいながらも朝鮮漬を好んでいました。
親の影響とは面白いものです。

焼肉屋の後に寿司屋へ行きました。
よくよく考えれば、凄く贅沢なハシゴです。
当時、お寿司はお客さんが来た時に出前で取る…
そんなイメージでした。
恐らく子供が寿司屋に入って食べることは稀だったんじゃないかな?
幼少のボク、寿司ネタは貝類が好きでした。
特にミル貝と平貝!
サビ抜きなんてしませんでした(笑)
たぶん、子供用に『ワサビ控えめ』になっていたとは思いますが…。

この『贅沢なハシゴ』の思い出により、
御馳走=焼肉&寿司
という定義が確立したのです\(^o^)/


今や焼肉も寿司も一般的なものになりました。
でも…、大衆焼肉、回転寿司じゃあ
『御馳走の擦り込み』にはならないでしょうけれど…(・・?



…とか言いながら、普段は平凡なおかずを好んで食しています。
親父からの影響で、飯のおかずで酒を楽しむというのがボクの定番。
なので夕食では御飯はいただきません。
その分、お酒類でカロリー補給してますから(笑)

カミさんが色々と工夫してくれるので、
毎日毎日、とても楽しい食生活を送っています。
結婚当初、料理の知識と技量は人並みでしたが、
現在では結構な腕前になっています。
そのお陰で、ボクは殆ど外食をしません。









思いつくまま追加記載いたします!













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