新釜石鉱山軌道





◆所有事業所◆
釜石鉱山(株) 新釜石鉱業所


◆主な運行区間◆

(350mレベル運搬軌道)
大橋採鉱所~ 新山鉱床 ~ 日峰鉱床 約8km
軌間=762mm  550V電化

(250mレベル運搬軌道)
坑内のみ
軌間=762mm 550V電化

(550mレベル運搬軌道)
坑内~抗外
軌間=762mm 550V電化









E151牽引の鉱石列車







【概要】


わが国有数の鉄産業で栄えた町、釜石。
製鉄の原料となる鉄鉱石が採掘されていたのは、釜石から17km程離れた陸中大橋でした。
この付近で鉄鉱脈が発見されたのは古く、享保12年(1727年)だと伝えられています。
安政4年(1857年)には洋式高炉による出銑に成功し、鉄産業の幕開けを迎えました。
各所に高炉が新設され、明治に入ると官営釜石製鉄所が操業を開始します。
明治13年、鉱石輸送のため釜石~大橋間に釜石鉱山鉄道が開業しました。
この路線は、日本の鉄道史上で三番目に開業したものです。
明治5年に日本初の鉄道として開業した汐留~横浜間、その後明治7年の京都~神戸、
それに続く三番目の鉄道は、明治13年11月仮開業の手宮~札幌間というのは周知の通りです。
しかし、厳密には明治13年9月に開業した釜石鉱山鉄道が三番目なのです。
鉱山専用鉄道だったこと、また838mmという特殊軌間であることから、
歴史上にカウントされないのも仕方ないのかも知れません。
明治15年、釜石鉱山鉄道は早くも廃止されてしまいました。
官営製鉄所が不調だったことが主な要因のようです。
ところが二年後には762mmゲージの馬車軌道として復活します。
官営製鉄所は民間に払い下げられると経営が軌道に乗って復興。
釜石鉱山鉄道は馬力から蒸気運行となり、鉄産業の発展に貢献しました。
国鉄釜石線が開通した後も並行する鉱山鉄道として存続していましたが、昭和40年に廃止となりました。

さて、ここでご紹介する軌道は釜石鉱山鉄道とは全く異なるものです。
多くの鉱山鉄道と同じく、採掘現場と採鉱所間の鉱石、資材、人員輸送のための軌道です。
既出の釜石鉱山鉄道は、採鉱所と製鉄所を結ぶ鉄道でした。
「新釜石鉱山軌道」とは正式な名称ではないかも知れませんが、
現地では「新釜石鉱業所」と称していましたし、かつての釜石鉱山鉄道と区別するためにも適切だと判断します。
軌道に関する資料は非常に少なく、一度きりの訪問できちんとした取材もしていないため、
詳細については不明なところだらけです。
幸いなことに写真の点数はそこそこありますので、羅列することによって様子を垣間見ていただければと思います。

主要運搬軌道は国鉄釜石線、陸中大橋から約1km北に位置する大橋採鉱所から出ていました。
小さなヤード、50m程のトンネルを過ぎると国道283号線の上を渡り、坑道へと入ってゆきます。
運転本数は多く、15~20分おきくらいに列車が出入りしていたように記憶しております。
鉱山は比較的最近まで操業しており、鉄鉱石の本格採掘を終えたのは平成5年のこと。
その後も研究用の採掘が、年間100トン程行われているそうです。
また、平成元年からは「仙人秘水」という鉱泉水を産出しており、
運搬や維持管理のため、なんと軌道が活用されているとのことです。
残念ながら架線は外され、牽引機はバッテリー機関車に替わっていますが。
坑道内見学も行われているようで、今となっては貴重な存在となりました。







【車両】

(350mレベル運搬軌道)
E6形=6トンTL
E15形=15トンTL
12tグランビー鉱車
人車
その他

以上、筆者が現地にて確認。



(250mレベル運搬軌道)
15トンTL


(550mレベル運搬軌道)
10トンTL
15トンTL

資料による情報につき未確認。










【訪問日】


昭和60年 2月 8日/1


昭和60年 2月 8日/2

















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