昔は吹きっさらしだった人車も進化していた
2021年 5月21日。
千寿ケ原で迎えた朝。
夜が明けても雨は続いていた。
昨日にも増して雨脚が強まっている。
ボクは窓の外を眺めながら、ずっと昔の頃を思い出していた。
夏の立山は雨が多い。
立山初心者の時代、いつも夏に来ていたのでよく雨に降られた。
ちょうど今日のように、朝起きて窓の外を見てガッカリした日もある。
寝坊してしまった朝は、
この窓からスイッチバックを登ってゆくトロッコを見送ったこともあった。
時は流れて様々なことが変わったが、千寿荘から見た景色は昔のままである。
今日のミッションは砂防博物館への営業、そして砂防事務所には出版のご挨拶に伺うことである。
拙著を是非とも砂防博物館で販売していただきたい。
発売前からそう企んでいたが、森川さんも同じ気持ちだった。
ちなみに千寿荘さんでも販売していただくこととなった。
宿泊したお客さんが少しでも興味を持ってくれればいいなぁ~と、切に思う。
立山カルデラ砂防博物館は平成10年に竣工した。
砂防事務所に隣接し、二階建ての国土交通省棟と三階建ての富山県棟で形成されている。
両棟は二階で連絡しているが、中を歩いてみると別々の建屋という感じはしない。
国土交通省棟の一階部分は砂防軌道の車庫となっている。
開館と共に入場し、総務の方と面会。
役職者が不在で即答は得られなかったものの、恐らく販売していただけることになりそうだ。
表紙と同じ写真から作成したタペストリー、
またノベルティに使っていただこうとポストカードを寄贈した。
次はメインイベントの砂防事務所訪問である。
軌道の構内はフェンスなどで仕切られて自由に立ち入れないが、事務所建屋は特に規制がない。
当初はなかなか話が通らず少々時間を要したものの、最終的には副所長の長谷川さんが応対してくださった。
既に砂防事務所宛てに拙著を送付していたのだが、長谷川副所長はご覧になっていなかったらしく、
我々と雑談しつつページをめくってゆく。
長谷川氏は他所から砂防事務所に赴任して来て間もないそうで、
未だ知らないことが多いらしい。
軌道のことについては逆に質問される場面も(笑)
比較的ざっくばらんな方で、今後もいろいろと協力していただけるとのこと。
機関車の前で拙著を掲げて記念撮影したいと、不意の申し出にも快諾してくださった。
副所長室を退室し、ヘルメットを着用して運行管理所へ案内される。
管理所前は人車の乗降所となっており、
ちょうど3両の人車を従えた北陸製DL 26-10-1 が発車準備を整えていた。
砂防軌道の車両に極接近するのは何年ぶりだろう。
心躍る瞬間である。
この時、空も味方してくれたようで、ザーザー降りだった雨がピタリと止んだ。
身内だけではなく、長谷川副所長、事務所で案内してくれた方、
運行管理所で対応してくださった方も交えて撮影。
念願だった出版記念撮影は大成功である。
アポなし訪問ではあったが、実りある結果となった。
最後に千寿荘の皆さんと記念写真を撮り、立山駅を後にした。
変わってしまったことは色々とあるものの、やはりここは特別な場所である。
もう自由に軌道を歩いて撮影することはできない。
昔みたいに心躍らせて訪れることもできない。
だからこう思うことにした。
◆ ◆ ◆
むかしむかし、立山砂防軌道ってのがあった。
気軽に訪れて、乗れて、撮れた軌道。
でも、あの立山砂防軌道はもうなくなってしまった。
その代わり、昔あったものによく似た立山砂防軌道が今ある。
昔あった軌道にソックリだけれど、なんだか少し違う。
今の姿から昔日を思い出すことは出来ても、
今の状況に昔のような行動は望まない。
似て非なるもの、それが今の立山砂防軌道だ。
◆ ◆ ◆
あの頃の立山砂防軌道に向けて…
たくさんの感動を与えてくれて、
たくさんの場面を見せてくれて、
たくさんの思い出を残してもらった。
ボクにとっては永遠の聖地。
あの頃を忘れない。
ありがとう
2021年 5月21日 My Birthday