THEトロッコ


2013 神隠しの黒部



Vol,3 世界で一番熱い穴






『高熱隧道』という小説をご存知だろうか?
吉村昭氏著、昭和42年刊で、
日本電力(現・関西電力)の隧道建設工事にまつわるエピソードを書いた作品だ。
登場人物などはフィクションであるが、あらすじは事実に基づいている。
事の発端は昭和11年、国家総動員法という国策によって開始された発電所建設である。
黒部峡谷鉄道終点、欅平駅に隣接する黒部川第三発電所がそれ。
約6km上流の仙人谷にダムを建設するため、資材運搬軌道の隧道掘削が始められた。
このダム建設には調査段階から悲劇が始まっており、
水平歩道で資材などを運ぶ人夫の転落事故は決して珍しくなかったという。

隧道工事は歴史的困難を極めた。
掘削は仙人谷から着手されたが、30m程の地点で岩盤温度が70℃を超え、
奥へ進むにつれて温度は止め処なく上昇を続ける。
昭和13年夏には岩盤温度が100℃に達し、坑内は過酷極まりない状況になってしまった。
黒部川から引いて来た冷水を体にかけながらの作業、
地熱によって自然発火したダイナマイト暴発事故、
まさに地獄絵図と化した現場で精神に異常をきたす人夫。
加えて雪崩によって宿舎が突き飛ばされる事故なども発生し、
この無謀な工事によって失った犠牲者は300名を超える悲惨なものとなった。

昭和14年に水路隧道が貫通、翌年には仙人谷ダムが竣工し、
黒部川第三発電所は発電を開始するに至った。
昭和16年には高熱隧道に軌道が敷設され、欅平上部~仙人谷間が開通。
この軌道は昭和38年に延伸され、黒部川第四発電所関連施設の資材運搬に活躍した。

岩盤の温度は、最高で165℃にも達したという記述がある。
これには諸説あり、現在では『160℃』と表記するのがオフィシャルなのだそうだ。
いずれにしても、尋常ではない労働環境下で尊い命が多く失われたのは事実。
電気の存在が不可欠なくせに、それを得る経緯に無頓着な現代人は
改めて先人たちの足跡と功労を知り、讃えなければならないだろう。


高熱隧道を擁する上部軌道。
正式には『関西電力黒部専用鉄道』と称するようだ。
しかしこの名は総称であり、峡谷鉄道の黒薙から分岐する支線なども同名になっている。
鉄チャン的には納得ゆかないし、『上部軌道』と言った方が通りもいいため
我々としては『関西電力黒部上部軌道』と称することにした。
まあ、拘るようなコトではないが…

上部軌道は、欅平上部と黒部川第四発電所前の間6.5kmを結んでいる。
黒部峡谷鉄道と車両を直通させるため、ゲージは762mmだ。
ただ、車両は竪坑エレベーターで運搬する関係で全長が短い。
高熱隧道の影響で内燃機関車は危険、
架線を設置しようにも硫黄分で腐食することから電化が出来ず、
無難な蓄電池機関車(BL)が昔から使用されてきた。
この辺は鉱山と相通ずる点かも知れない。
上部軌道の車両については公開データがないため、詳細は不明である。
しかし見聞したところによると、機関車はトモエ電機製のBLが3両のようだ。
番号はBB71、BB72、BB73で、BB71以外は現車を確認した。

トモエ電機のHPをチェックしてみると、サーボロコのラインナップが掲載されている。
それを観察してみると、基本的な造作は関電のBLも同じように思える。
ただ、台枠のカバーやキャブの大きさを比較すると、ピタリと当てはまる形式がなかった。
恐らく汎用機を基本にし、高熱隧道や硫黄対策を考慮したオリジナル設計なのではないだろうか。
客車は定員10名、アルナ工機製で、所有数は不明だが10両の現車は確認した。

乗車する際、案内人の畑さんに『頭ぶつけないでくださいね~』と言われたが、
注意しているつもりでも3~4回ゴッツンとやってしまった。
それだけサイズの小さな客車だ。
10:25に発車。きちんとしたダイヤが設定してあり、我々の乗る列車は5レとのこと。
ナロー軌道にしては施設のつくりや路盤、軌条全てがしっかりとしたもので驚く。
ポイントだって、ちゃんと『S』マークの転轍機標識が備えられたスプリング式だ。
構内には『駅務室』なんてのがあって、運行管理にもぬかりはなさそう。
黒部峡谷鉄道も同様だったが、ヘタなローカル線などは足元にも及ばない。
その甲斐あってか、乗り心地も非常にマトモだ。

見学グループは三班に分けられ、10名ずつ3両の客車に分乗する。
1両に一人の案内人が就き、車内では上部軌道の概要や歴史について、色々と説明してくださった。
延々と真っ暗な隧道を進むだけなので、少しでも退屈しないようにとの配慮なのだろう。
そしてこの軌道のハイライトとも言うべき高熱隧道の箇所。
現在では黒部川の引導水によって岩盤が冷却され、かつてのような高熱ではないらしい。
それでも40℃くらいはあるそうで、硫黄の臭気も徐々に強くなってくる。
さっきまで涼しかった車内も、次第に温泉サウナのような様相を呈してきた。
ここではドアを開けて高熱を体感するサービスぶり!
確かに素掘り隧道の高熱岩盤を目前にした迫力は凄かった。
世界的に見ても、160℃にも及ぶ岩盤を貫通させた隧道は他に例がないとのこと。
上部軌道は、まさに世界で一番熱い穴(=隧道)をひた走る。
この界隈、安全第一ということで近年はコンクリート製の防護壁が設置されている。
しかし歴史的遺産の保存ということもあり、比較的強固な岩盤部分はそのままに保存してあるそうだ。
我々が目の当たりにして感動していた区間が保存場所、その先の隧道は近代的なコンクリート製になっていた。

車窓が突然明るくなると、列車は仙人谷に到着する。
上部軌道が唯一お天道様の下に出てくる処だ。
とは言え、雪害対策の屋根と壁があるため、まるっきりのアウトドアではない。
仙人谷では約10分停車し、我々には自由な見学時間が与えられた。
軌道からは前述の仙人谷ダムが目の前に眺められ、真下には黒部川の深く切り立った峡谷が迫る。
ダムの反対側を眺めると、左手には山道のようなものが見えた。
あとで調べてみると、その先には関電人見平宿舎があるそうで、仙人谷手前から分岐した軌道も通じているようだ。
宿舎へは軌道で日用品が届けられているらしい。
人見平の軌道は地上?地下? 仙人谷駅の標高を基準にすると、地上ということも考えられる。
トレッキングレポートの数々を拝見しながら、一瞬心が動いた。
『山オヤジになって、トロッコ観察&撮影に行ってみたい…』と。
無謀だと思うけど…






































竪坑エレベーターの第三発電所側。
BB73は充電中のようだ。
客車にも電線が通じていた。


























BB72牽引の黒部第四発電所前行き5列車。
見学者の乗降にはステップが用いられる。
間もなく発車時刻なので、ステップを片づけているところ。


























BB72の次位、1両目の客車最前窓からの眺め。
窓は開閉不可。
高熱隧道対策で手動ワイパーが装備されていた。



























客車内では案内人が添乗して説明してくれる。


























隧道内を疾走する列車。
…と言っても20km/hくらいか?
BLの運転士は横向きに着席して操作していた。


























高熱隧道区間をゆく。
岩盤表面には硫黄が付着していた。
約40℃と言うが、もう少し高温のような気がする。

























客車内はご覧のように狭小だ。
定員10名が乗り込むと、かなり狭苦しい。
(やっちゃん撮影)


























硫黄臭と熱気で車内の様子は一変した。
進行方向先の隧道がコンクリート補強されているのが見える。


























仙人谷駅に到着。
黒部川の真上に架かる橋上にある駅だ。
向かって左に仙人谷ダムがあり、右は人見平宿舎方面。


























仙人谷駅の欅平側。
ここは山歩きの人々が横断する踏切?となっている。


























踏切から欅平方面を望む。






































仙人谷駅から眺めた仙人谷ダム。


























橋上には開閉式の蓋が設けられていた。
雪害対策のため、冬季間は閉じるようだ。




























橋上から黒部第四発電所方向を見る。
右に分岐するのは仙人谷ダム横への引込線だ。























橋上駅に停まった列車。
上部軌道で唯一お天道様を拝める場所である。

【つづく】



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