昭和47年 8月 1日~2日(火/水)
会津線 只見線




昭和47年は、鉄チャンとして少~し成長した年でした。
中学生になり、次第に行動範囲が広がってゆきます。
親からの『日帰り限定』という規制も解除になり、
いよいよ泊りがけでの撮影旅にも出かけるようになりました。

この夏休みには関西方面へ行く計画をメインに立てていたのですが、
大阪在住時代に加太で知り合った先輩鉄チャンが会津に行くとのことで、
『一緒に行かない?』とお誘いを受け、同行することにしました。
行程などはすべてお任せ。
出発は8月1日朝発の特急『あいづ51号』でした。

同行の先輩鉄はシネとサウンドをメインに活動しており、
昭和45年以降の蒸気機関車を8mmで撮影していました。
以前、自宅へ招かれた際にライブラリーを拝見しましたが、
C62ニセコ、布原の三重連、花輪線の86、米坂線の96をはじめ、
全国各地で活躍した蒸気機関車の雄姿がまとめられていました。
サウンドも見事にシンクロしており、素晴らしい作品だったと記憶しています。
現存しているなら、DVDにでもしたら売れるかも…(笑)
いつしか音信不通となりましたので、そのような意見も言えませんが…

会津でも8mm撮影をするので、普段使用しているスチールカメラを貸してくれるとのこと。
迷うことなく拝借しました。
そのカメラはペンタックスSP。
標準レンズとタムロン(だったっけな?)のズームも貸与されました。
一眼レフはマトモに使ったことがなかったので緊張…
それでもすぐに慣れ、なんとか撮影出来ました。
借り物での『一眼レフデビュー』だったのです…(+o+)

一日目は会津線で撮影。
湯野上付近と、会津田島へ行きました。
会津田島を夕方に出る貨物列車は後部補機付きで、
先輩鉄はシネでこれを狙うことを楽しみにしていたようです。
会津若松の安宿に宿泊し、翌日は只見線です。
滝谷、会津西方、会津川口で撮影しました。
先輩鉄は未だ何日か滞在するとのことで、会津川口駅でカメラを返却。
ボクは単独で気動車に乗り、会津若松から特急『あいづ51号』で帰京しました。












会津若松駅ではC11が入換作業をしていました。

















短編成の貨物を牽き、渓谷の鉄橋を疾走します。
桑原~湯野上間(第三大川橋梁)  C11 178
















黄昏の会津田島駅に、二つの汽笛が響き渡りました。
前後にC11が連結された貨物列車です。
ズームで引きながら撮影…












フレームアウト寸前! (・_・;)
会津田島駅  C11 178~C11 248









後部補機と言っても回送を兼ねたものでして…
過ぎ去る頃には、すっかり絶気になっていました。
草むした線路、腕木式信号機がムードを高めますね~♪






この貨物列車、発車が18時台で薄暗かったような…
同行の先輩鉄が『夏しか撮れへん』と言っていたのを思い出します。
出発する汽車の後方は日没後の西空。
かな~り撮影条件が悪そうですね。
この場面で望遠ズーム使って、前がちの出発を狙うとは…(ーー゛)
42年前にタイムスリップし、自分に説教したいくらいです(苦笑)









会津若松に宿泊し、翌日は只見線の撮影です。
当時は一部の旅客列車がC11牽引で残っていました。





朝の滝谷駅。上りの旅客列車が到着しました。
発車の汽笛を吹鳴しています。
タブレットを持った駅員さんが近寄っていますが…?
山間にブラストを響かせて加速してゆきます。。
乗降客ゼロ、見送ったのはボクたちと駅員さんだけ。











まだまだ愛すべき『汽車』がたくさん走っていた時代。
滝谷駅  C11 244





滝谷駅は山間にひっそりと佇んでいました。
周辺に人家は点在していましたが、駅は閑散とした雰囲気。
この汽車を撮影した後、駅前の食堂で朝食をとった記憶があります。
確か万屋さんもあったような…(・・?










渓谷とアンダートラス橋が会津の魅力ですね。
滝谷~会津檜原間(滝谷川橋梁)  C11

















会津の汽車 1972年夏…。
滝谷~会津檜原間(滝谷川橋梁)  C11 178





滝谷川橋梁は、緩い弧を描いたプレートガーター&アンダートラス鉄橋でした。
ボクはこの俯瞰気味のアングルが気に入り、その後何度か訪れています。
しかし只見線には他にも数多くの撮影名所があり、
同じ場所に何度も行くような余裕はなかったはず…(ーー゛)
色々な撮影地を探索しなければいけませんでしたね…
かな~り後悔…(T_T)/~~~












鉄橋の轟音と蝉時雨。
会津宮下~会津西方間(第二只見川橋梁)  C11 178
(※鉄橋手前上空の電線を修整ソフトにより削除編集しています)

















只見川沿いに進む貨物列車。
会津川口~会津中川間  C11

















この頃、並行する国道は未舗装でした。鉄道が輸送の主役だった時代ですね。
会津川口~会津中川間  C11 248





【1972年 8月 1~2日撮影】





昭和47年は鉄チャンとしては印象深い年でした。
明治5年の鉄道開業から100周年を迎える年であることから、
各地で様々な特別列車が運行されたのです。
折からのSLブームもあり、蒸機牽引の臨時列車が大半でした。
全国各地で蒸気機関車が最後の輝きを見せていた時代。
魅力的な鉄道、列車は山のように存在した頃でもあります。
当時、ボクは中学一年生。
まだまだ鉄チャン活動を本格化出来ない半端な状態でした。
この時代に撮影しまくっていれば…
なんてこと、何度思ったことでしょう…(*_*)
早いもので、あれから42年の歳月が流れました。
今年、ボクの娘は中学一年生。
彼女は42年後、今日をどのように振り返るのかな?
この頁を製作しながら、ふと考えてしまいました。








ペンタックスSP















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